ジョン・ケージの目指した芸術について:前編

現代音楽に多大な影響を与えたジョン・ケージ氏のことは、大阪芸術大学に入学するまで存じ上げませんでした。おそらく大学に行ってなかったら今も知らないままだったと思います。大学に行って良かったと思う要因のひとつに、彼の存在を知ることができたことが挙げられます。

調べてみると彼の作品や根底にある思想がとても興味深く、その調査を通じて得た内容が音楽的視野を拡げることにも繋がりましたので、ここでお話ししたいと思います。

なお、本ブログの内容は『20世紀の音楽』の課題レポート『ジョン・ケージの目指した芸術について』に記載した内容ほぼそのままです。
4000字以上の長文なので、前後編に分けてお話しします。

はじめに

ジョン・ケージは、音楽史上初めて、偶然の決定にしたがって音楽作品を創ることを受け容れた作曲家1)であり、聴衆と演奏会場の沈黙とのあいだに何も差しはさまない無音の音楽作品『4分33秒』を作曲した人物1)でもあり、その他にも数々のそれまでの常識を覆す作品を残してきた芸術家である。そして、彼の存在と思想が20世紀後半の芸術に大きな影響を与えてきたことはほとんど疑う余地がない1)、とも言われている。

そこで、その人物像および彼の最大の業績と多くの人が捉えている『偶然性の音楽』2)に辿り着くまでの作品の作風や思想から、彼の目指した芸術とは何なのかにつき考察した。
そして、その考察を通して、芸術(音楽)を創作する者として学んだことについても最後に述べる。

ジョン・ケージの人物像

未知なるものへの憧れ

ケージは、『未知なるものに憧れがあり、それは父の影響であろう。』と述べている。3)ケージの父親は、発明家であり、思想のラディカルな進歩、そして、伝統的な考えを覆すことにずっと関心を持っていた4)と言われている。

長年、工学系の研究開発に従事していた私自身の経験からすると、世の中にない新しいモノを生み出す発明という行為は、既存の概念を覆すことから始まると考えており、そういったことに関心がない者には務まらない仕事であると捉えている。

ケージの、それまでの伝統を打ち壊し、今までにない新しい作品を次々に生み出してゆく原動力は、父親から受け継いだ素養によるところが大きいと考える。

宗教への強い関心

ケージは、生涯に渡って宗教的な儀式への関心が強く、様々な宗教に関心を持っていた。2)それは、曽祖父、祖父ともに牧師であった家系に生まれ、ベッドに入る前に祖母と一緒に聖書の一節を読む習慣4)により育まれたものと考えられる。

ホモセクシャル自認

ケージ本人は最後まで触れることはなかったが、ホモセクシュアルの自認があった2)4)と言われている。現代では、LGBT問題として心と身体の性の不一致や同性への恋愛感情が、脳の変異により存在することが科学的にも明らかにされており5)、かなり認知されるようになっている。

しかしながらケージの生きていた時代には、そのような認知は皆無であったであろう。それでも、ケージ自身の中には同性に恋愛感情が生まれるという、その時代の常識や価値観では説明できないが、確かに存在している感情として認識していたのであろう。
つまり、ケージはその時代の常識や価値観では説明できない真理が世の中には存在していることを、身をもって体感していたと推察する。

音楽に関してもそれまでの常識や価値観に囚われることなく、自身の感性に則って、自身が意味のあると思う『音』に注目し、批判をもろともせずにそれを発信し続けたのは、そういった体感があったことも大きかったのではないかと考える。

作風およびその根底にあるもの①

半音階システム

最初にケージが導入した作曲技法は、半音階的なポリフォニーを単純な非音列的なやり方で管理するというもので、1933~34年に掛けた作られた三つの作品『2声のためのソナタ』『3声のためのコンポジション』『オブリガード伴奏つき独奏曲(同じく3声部)』がこの手法に従っている。1)

20世紀前半は、それまで調性という共通の基盤が崩れ新しい素材や技法を開拓し、新しい音楽思想を展開していく時代でもあった。6)

未知なるものに魅力を感じるケージにとってそういった音楽界の情勢にも後押しされ、今までにない新たな作曲技法として上記の技法を編み出したものと考える。

ノイズの芸術

次にケージは使用する楽器を打楽器のみに限定し、和声から完全に離れて作曲するようになる。1)1940年に、グランドピアノの弦に異物(ゴム・木片・ボルトなど)を挟んで音色を打楽器的なものに変化させたプリペアド・ピアノを考案した。7)この発明により、鍵盤を押すだけで多用かつ豊富な打楽器音が入手できるようになった。1)

このような作風に変化していった理由は、ケージ自身に和声の感覚が備わっていないことを自覚していたこと3)、そして、どんなものでも打楽器になり3)、ケージ自身が語った目標であった『すべての人を芸術家にする』3)の具現化例のひとつでもあったこと。さらに『打楽器音楽はノイズの芸術で、そう呼ぶべきモノなのです』4)と自らが語っているように、ノイズは邪魔なモノ価値のないモノと考えられていた今までの常識を覆し、ノイズを楽音と同列と考え、それ自体でも芸術に成り得ることを示すためであったと考える。

ケージが、『音』すべてに意味があると考えた背景には、上述した様に、宗教への強い関心を持っていたがゆえに、『この世のあらゆるものには固有の聖霊が宿っていて、それを解き放つには振動を起こせば良い』という実験映像の作家オスカー・フィッシンガーの考えに共鳴していた2)からだと考える。

長くなりましたので、続きは後編にて
最後までご覧いただきありがとうございました。

それではまた。

MASA

参考文献
1) ポールグリフィス著、堀内宏公訳、ジョン・ケージの音楽、青土社(2003)
2) 白石美雪、ジョン・ケージ ~混沌ではなくアナーキー~、武蔵野美術大学出版局(2009)
3) https://www.youtube.com/watch?v=IlRWhT4Lnp8 (2021/8/29)
4) ケネス・シルヴァーマン著、柿沼敏江訳、ジョン・ケージ伝~新たな挑戦の軌跡~、論創社/水声社(2015)
5)https://business.nikkei.com/atcl/skillup/15/111700008/061300072/ (2021/9/23)
6) 高橋浩子他、西洋音楽の歴史、東京書籍(1996)
7)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B8 (2021/9/18)

 

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